塾で教える【現国・古典の勉強法】

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現国・古典の勉強法

現国には必ず「解法」が存在する

国語という学科には大学入試だと「現代国語」と「古典」が入り、古典はさらに「子分」と「漢文」に分類されるのが通常です。国語とひとまとめにされていますが、ア次に述べるように現国と古典とは全く違う学科です。そこを分かっていないとひどいことになります。

まず大学入試の現国の勉強のやり方をお教えしましょう。ちなみにそのやり方は中学入試でも充分使えるものです。私が教える豊中の塾でも重宝しています。
よく「現国は勉強の仕方が分からない」とか「勉強しても無駄」とか「いっぱい本を読むしかない」などという一般論がささやかれています。

しかしそれらは絶対に間違っています。現国にもしっかりとした「勉強の仕方」があり「解答方法」があるのです。それらを修得すれば、安定した高い点数が望めるのです。

本当は、私は高3まで現国が非常に嫌いでした。田舎の公立中学校、公立高校で現国の成績が5段階評価の「5」がついたことは1回しかありません。
数学は成績が良かったのですが、現国は「敵」のように感じていて高3の私にとって非常に気の重い存在だったのです。
しかし私が志望校に挙げていた東京大学の文科系の試験は数学の配点がたった80点で国語は120点の大きな配点だったのです。そこで私はどうにかして現国の苦手を克服しようと、試験のたったひと月前にやっと必勝法を見つけ出します。
そのおかげでぎりぎりセーフで合格・・・どころか打って変わって現国が重要な得点の源となってしまったのです。

その現国の必勝法の大事な点を次にご案内します。

①まず始めに大学受験における現国では、受験生がどれだけ本を読みどのような感性を持っているかということは全くといって良いほど関係ありません。
大体どうしたら1度きりの試験で誰かの読書の量や感性を読み取ることができますか。現国の設問や感受性ではなく「問題分の中から設問が聞き出している場所をしっかりと探し出すことが出来るかどうか」を問われているのです。
行ってみれば「宝探し」のようなもので昔から受験生たちの中で噂されていた「正解は問題文の文中にある」とことがまさにそうなのです。塾の子たちは宝探しの如く取り組むようになりました。

②続いて、現国は「論説文」と「物語」に大別することができます。中学受験においては「物語」が出題される傾向がありますが、大学受験では「論説文」が出されるケースが多くなります。
これは成長に伴って生徒が備えもつべき抽象的な思考力を確認するためです。「論説文」では、まず文中から「結論」と「原因」を見つけ出すようにしましょう。
それがクリアできればほぼ合格で、さらに結論と原因の根拠となっている「事柄の記載」や著者の結論に対する「反対論」まで見つけ出せると、答えを見つける工程はほぼパーフェクトだと言えます。「物語分」では登場人物の「心情」が文中の始めと終りでどのように変わっていったか、そしてその心境の変化のきっかけとなった事柄が何なのか・・・。と言うところが理解できていれば良いでしょう。

③さて、これらの工程がしっかりこなせれば、選択問題であれば、ほぼ正答することができるでしょう。
論述式であれば、問題文から答となるところが抜粋できれば最も良いのですが、それができないような出題がされることもあります。そういったときも、焦ることはありません。文法上、正しい形式できちんと文章を書き、問題文中の鍵となる言葉をしっかり入れていけばきちんと答えることができるはずです。
論述式の問題に応える際に大切なのは「絶対に問題文から反れてしまわないようにすること」です。
自分の言葉で表そうなどという大胆なことさえ思いつかなければ論述式で楽に解答することができるでしょう。

このように現国にはきちんとした解答の仕方があるのです。それを頭に置きながら塾では過去問題を何回も繰り返しやっていけば、現国をマスターすることができるのです。

 
現国・古典の勉強法

続いて古典の勉強法についてご説明します。

古典には古文・漢文がありますが、漢文の方が非常に簡単に成績を上げることができます。
漢文だけがもつ規則やそれぞれの時代にあった出来事を把握し、あとは問題をくり返していけば大抵の問題は解答できるようになります。一方古文では「文法」をしっかり頭に入れておかないと、大きな点数を失くしてしまうことがあるかもしれません。たまに「古文だって同じ日本語なのだから、しっかり読み込めば分かる」などと言う人がいますが、それは大きな間違いです。そのような間違った説を信じてしまうと古文はとうていこなせません。

はっきり言って古文や漢文を学習するときには日本語だと思って取り組んではいけません。
「外国語の勉強だ」とわりきるのです。

現代文で養った知識だけで解答できるような問題を、古文において出題することはまずありません。
古文を現代文のように解釈すると出題側が仕掛けたひっかけにまんまとはまってしまうこととなるのです。
ちなみに私の現国の成績は高校の時からずっと情けないものでしたが、古典においては校内でもトップレベルの良い成績をとっていました。模試のたびに現国での大失点をいつも補ってくれたのが古典だったのです。
これも「古典は外国語だ」とわりきって学習に取り組んだおかげだと思っています。

前回の記事はコチラ→【実は戦友が一生の友となる

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